良心の呵責に苛まれることの辞書的意味は?苛まれることを楽にする3つの方法とは

無題の図形描画 (61)
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鈴木
OGURI鈴木です!

良心の呵責という言葉っていったいなんだろう?ってあるとき本を見ていてすごく気になったので記事に取り上げてみました!!
よく目にするものの、なかなか意味を理解することは難しいですよね!

本記事では良心の呵責に苛まれるということをメインに書かせていただきます!

良心の呵責に苛まれるということの辞書意味・活用の仕方

どういう時に使われるのか?

ということを具体的にイメージしてもらえるようにします!

人気記事では、ブラックアウトというお酒にまつわる致命的な災害の話があります。詳しくは本当に怖いブラックアウトの恐怖にという記事で詳しく紹介していますのでぜひ参考にしてみてください。

 

良心の呵責に苛まれるというのは辞書的に見ればどういう意味を持つのか

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良心の呵責(りょうしんのかしゃく)・・・悪いことをしてしまった自分自身に対して、心を痛めること。いけないとわかっていながら、ついやってしまったことを思い出して、心の中で苦しむこと。うしろめたさ。罪悪感。

日本語表現インフォより引用

簡単に言うと『自分で悪いと思ったこと』をしてしまうと『後ろめたい気持ち』が自分を責めるというわけということです。

Weblo類語辞典では良心の呵責に苛まれるということに対して
倫理的に良くないことに対して罪の意識を感じてしまうこと

とされています。

類義語(よくにた意味や言葉としては)

  • 罪悪感
  • 後悔
  • 苦しみ
  • 後ろめたさ

などと表現されます。
特に嘘をつくことの見返りの反応として使われることが多いのも特徴といえますね!

 

良心はわかる!では呵責とはどういう意味を持つのか

では呵責とはどういう意味を指すのでしょうか?良心とは私達の中にある倫理的な心や人へ良いことをしなければいけないという心のことでイメージがつきやすいですよね!

[名](スル)厳しくとがめてしかること。責めさいなむこと。かせき。「良心の呵責に苦しむ」

 GOO辞書より引用

なるほど!辞書的な意味としては、厳しくしかることや、責めるこという意味合いを持つのですね。

呵責が内心に尾を引く

心の呵責が渦を立てる

針を飲むような呵責の苦しみ

時にはこのように表現を変えて使われることもあります。

この呵責という言葉の類語においては

問責・・・問いただすこと
面責・・・面と向かって問い詰めること

と同義語にて使われることもあります。

鈴木
良心の呵責=自分の良心が攻めたてることととはっきりとつながりますね!

最後に苛まれるという意味はどういうことか

最後に苛まれるという言葉は単独でどういう意味合いを持つのでしょうか?

Webilo辞典で調べてみました!!

苦しめられること、厳しく咎められること。「 後悔の念に苛まれる」「良心の呵責に苛まれる」などといった具合に使われる表現。

と表現されます。この咎めるという動詞には人が主語になることはなく、後悔の念や良心の呵責など人から出る思いや感情を主語になることが大きな特徴です。

良心の呵責に苛まれる=それぞれの意味を合わせると自分の良心の攻めたてることに苦しまれるということですね。

英語でも良心の呵責に苛まれるという表現は存在する

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英語の世界においても良心の呵責に苛まれるという表現は存在します。

良心の呵責の英訳について

agenbite of inwit〈英〉

compunction

pang of conscience

prick of conscience

pricking of conscience                  アルクより引用

このように基本的に複数形の形を取り、話し言葉として使われることが多いのです。意味合いとしては日本語とよく似ていて自分自身の立ち振る舞いや行動に対する不安を表します。

このままこうしていいのか?と自分自身の不安を表現するように用いられます。

 

 


良心の呵責のに苛まれるということの具体例

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今までは、辞書的な意味合いで長々と説明をしていきましたが、実際の場面ではどのように使われるのでしょうか?私の経験を踏まえて具体例を紹介していきたいと思います。

OGURIが小学生の頃です。

小学生の中ですごくいじめられていた子がいました。

その子はものを隠されたり、鉛筆の芯をおられたりする。

今やったらもちろん俺はそんなことをするやつに注意をしているでしょう。

けど、俺は見て見ぬふりをしてしまった。
注意することで、ほかの人間と衝突することがいやだったからです。

結果その子はいじめられつづけて転校してしまいました。
どうしてあの時注意してあげられなかったんだろう。

「どうしてかばってあげられなかったんだろう」って子どもの頃本当に、悩んでいました。

これが、良心の呵責の具体例です

相手を見て見ぬふりをした→良心は「いじめられる人は助けないとけない」といっている→結果として見過ごしてしまった→その時の場面を自分の中の良心が攻める。

私たちは、本当は人のために良いことをしたいという気持ちを持っています。
けど、実際問題そういうわけにはいかないですよね。

生きているみんなであれば、きっと実感できるはずです

「罪を犯す」というわけでないけど、時には、いろんなことを『見て見ぬふりをしないといけないとき』もあります。

鈴木
知っててわざとしないといけないこともありますよね。
本当はいけないってわかっていても。
そんなときに、自分の良心が自分の心をつついてくるのです。

 

そうすると次第にあなたの頭の中は罪の意識でいっぱいになってしまうわけです。

そうするとさらに悪いことを引き起こす可能性もありありです。詳しくは良いことは正を引き寄せ悪いことは負を引き寄せるという記事で詳しく説明していますのでぜひ参考にしてみてください。

鈴木
何よりも苛まれることであなた自身がしんどくなってしまいます。

良心の呵責に苛まれることを楽に3つの方法

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そこでなんとか良心の呵責苛まれることを何とかできないのかと思い、3つの方法を提案させてもらいます。

方法①しっかり良心と話し合う

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良心とは誰がつくりあげたのでしょうか。

実は、あなた自身が良心を作り上げたのです。

言い方を変えるとあなたの生き方が、さまざまな影響を受けて良心を作り上げたといってもいいでしょう。

「ちゃんとかたずけないといけないでしょ?」

「テストでいい点をとりなさい」

「ちゃんと人と話をするときは笑顔で話しなさい

  • このように自分で経験したこと
  • 人から注意を受けたこと
  • 成功したこと
  • 失敗したこと

そのすべて経験があなたの良心に収束されているのです。

絶対的な良心はないということを知る

絶対に知っておいてほしいのは正しい良心、絶対の良心なんて存在しないということなんです。

あなたが作りあげた良心であって実はあなたの良心が考えていることは、他の人から見たら大したことではないのかもしれません。
自分が絶対に正しいと思わないほうが良いです。

たとえば、『満員電車では席をゆずらないといけない』という良心は本当に正しいのかしっかり吟味するということです。あなたが今にでも熱を出て倒れそうなのに、急に割り込んできたおじさんに席を譲ることが良心なのでしょうか?それは違うと思います。

大事なのは自分の良心を吟味したうえで、正しい状況に応じて使い分けるということです。

方法②苛まれることが消えない時は懺悔をしてみる

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どうしても許されないようなミスをしてしまった。

自分のせいで明らかに人が不幸になってしまった

そのような事態が生じたとき、絶対に良心はあなたを迫るでしょう。
「自分がしっかりしておけよかったのに」とその考えが、延々と頭の中でなり続けるでしょう。

放っておくと後悔や呵責はどんどんひどくなり、最悪の場合あなたは自殺してしまうかもしれません。

そんなことにならないためにも、自分が罪を感じている部分を誰か3者に聴いてもらうようにしましょう。
おそらく、ある程度の人格を持った人であれば、全力であなたのことを慰めてくれるはずです。

自分の思いを吐き出すということと、人から同意され受け入れられるということが、あなたの気持ちをぐっと軽くしてくれるのですから。

良心の呵責がモンスター化するのを防いであなたの気持ちを楽にしてくれます。

方法③良心は大切にしつつ何か別のことを行う

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良心は時として、あなたのことを攻めてくることもありますが、その良心が絶対的に悪いと言っているわけではありません。

時として良心はあなたが愛情あふれる行動をとるときに強力な味方になってくれます。
あなたに最善の選択をさせる手助けをする一つの感情と言えるのです。

矛盾しているようですが、良心の呵責が攻撃してくることを否定してはいけません。
なぜならば否定すればするほど、あなたの良心は反発してくるからです。

しかし、まともに受けていてもあなたの心は消耗していきます。

ではどうするか?良心の呵責を心の隅におきつつ何か気分転換できるようなことを初めて見るのです。
あなたが嫌な気持ちで立ち上がるのが嫌でも、何かできることはないか考えてやってみましょう。

例えばテレビに夢中になっていると嫌な気持ちが少し楽になっていませんか?なんでもよいです。
できることをやってみてください。

まとめ

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良心の呵責苛まれるという辞書的な意味は、自分の良心に攻めたてられることに対して苦しんでしまうこと。

日常的な場面でも自分の良心に苦しんでしまうことがあり、それがエスカレートすると、

  • 良心の呵責に苛まれすぎると自分に悪い影響を及ぼす
  • 自分の中にある良心が当初の目的をずれさせてしまう。
  • 常に自分自身が苦しみを覚えることになる。

そうならないための方法として

①自分のもう一つの考え方を見つける

②自分で解決できない時は人に懺悔をしてみる

③良心は大切にして、何か自分でできることをする

良心は私たちが備わった一つの道具であると考えます。
つまり道具は使い方次第でよい方向にも変わったり、悪い方向にも変わったりするのです。

鈴木
いつまでも自分のことを苦しめる良心というものは悪いということをはっきりと伝えます

良心の呵責と似ている強迫性障害という疾患があります。
同じ考えがいつまでも頭にこびりついて離れないことで心を消耗させてしまいます。
詳しくは強迫性障害の症状という部分で詳しく説明していますので参考にしてみてください。

ABOUTこの記事をかいた人

kenji

ユニクロのウルトラライトダウンが極めて大好きな31歳。 赤色が好きですが、性格は極めて内向的です(笑 ブログの世界ではわりと自分の考えが表現できるので、みんなの役立つようなコンテンツ作成していきますのでよろしくお願いします!!